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7号
■戦国屈指の精鋭部隊「井伊の赤備え」線

井伊直政は徳川四天王の一人。彦根藩初代藩主。
自身が組織した井伊の赤備えは戦国屈指の精鋭部隊として特に有名である。徳川氏きっての政治家・外交官としても名高い。徳川四天王の中では飛び抜けた年少者であるが、その卓越した武勇・忠節・才覚・美貌などから家康に特に気に入られていたと言われている。
直政の息子、直孝は人気キャラクターひこにゃんのモデルとなった逸話でも知られ、ひこにゃんもやはり井伊の赤備えの赤兜をかぶっている。

信楽焼歴史兜7号

家紋入れ・名前入れ兜詳細ページ
<名入れは別料金>
■家康に溺愛された井伊直政の人物像
線

 井伊直政は1561年、今川家家臣・井伊直親の子として産まれ、わずか1歳の時に父を亡くすも養母直虎に育てられる。幼少の頃から文武両道に励み、15歳のときに家康に見出され徳川家の家臣となる。
慶長5年(1600年)に徳川四天王の一人として天下分け目の合戦で知られる関ヶ原の戦で功をあげ、石田三成の居城であった佐和山城を与えられ、18万石の大名となった。その後、城を現在地の彦根山へ移そうとしたが、同7年(1602年)41歳で病没し、子らが直政の遺志を受け継ぎ20年の歳月を費やし元和8年(1622年)彦根城を完成させた。
こうして、彦根35万石初代藩主井伊直政公は、今日の彦根市発展の礎を築いたのである。

井伊直政
(1561-1602)
井伊直政の名言

「捨てて苦しかるまじき敵と見ば、敵にてはあるまじと申すべし 」

「生死の事大 無常は迅速なり」

「この直政、天下を以って誘われようとも、秀吉の禄を貪るつもりはござらん」

育ててくれた人の期待に応える直政の姿勢に学ぶ

幼き頃に父を亡くし、養母に育てられながらも異例の出世を果たし、井伊家の再興を果たした直政はその厳しさ故、家臣たちには恐れられた。
しかし、直政は己の信じた道をすすんでいく。
孤高に、ただ、ひたすらに。
直政は家康に対して、奇妙なほど実直に誠実であろうとした。

江戸時代、幕政に欠かせない井伊家の礎を一代で築き上げた井伊直政は、まさに戦国を切り開いた英傑であった。

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