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7号
■行動的で熱い男「坂本竜馬」の兜 線

坂本竜馬は幕末の藩士で戦国武将とは違い、兜を被っていたという史実はありませんが、竜馬の祖先といわれている明智秀満公の兜を模し、坂本家の家紋を入れオリジナルの兜を作りました。
坂本竜馬が好きな方におすすめします。

信楽焼歴史兜7号

家紋入れ・名前入れ兜詳細ページ
<名入れは別料金>
■“幕末のヒーロー”と人気の高い坂本竜馬の人物像
線

 坂本竜馬は幕末の天保6年(1835)11月15日に土佐の郷士(ごうし)の家に生まれました。
当時の坂本家は経済的に裕福で、学問を尊ぶ家風でしたが、竜馬は剣術にのめり込、14歳の時、日根野弁治道場に入門し19歳で小栗流の師範代に上り詰めます。
 しかし更なる剣術修行のため江戸へ向かいます。京橋桶(おけ)町の北辰一刀流千葉定吉道場に入門し、北辰一刀流の目録を取得するに至ります。この江戸行きに伴って様々な幕末の流れに身を委ねることになります。
 江戸では河田小龍と出会い、西洋を知り、幕末の勢いに乗り脱藩、土佐勤皇党に加入し新撰組に命を狙われる存在となります。
 一方、開明思想家(開国を主張する)勝海舟の命を狙いに行った時に、反対にその勝海舟と意気投合、幕府の神戸海軍操練所創設に尽力し、日本初の株式会社である亀山社中を創設します。  そして最後の大仕事が「薩長同盟」、「大政奉還」に尽力したことです。

坂本竜馬
(1835-1867)
坂本竜馬と勝海舟

 竜馬は勝海舟に、反対に海舟のアメリカ帰りの実地の体験と、その視野の広さと思考力の深さからくる海軍建設と貿易振興の理屈に感動させられてしまう。これより海舟を師と仰ぎ、土佐藩脱藩浪士など多数を海舟門下生に引き入れ、片腕となって文久三年の神戸海軍塾創設、運営に力を注いで行きました。


行動的で物事に熱く、真偽の判断は自分の感性に従う男

 竜馬は幕末という時代による影響を多分に受けてはいますが、現代でも多くの人が憧れる人間性の持ち主でした。
・ 行動的で何に対しても熱い。
・ 常にバランスの良い視点で物事の良否を判断する。
・間違いは素直に謝り、解決を図る。
  簡単に思えて簡単で無いこの3つをさらりとやってのけるスケールの大きさが日本国を動かしたのです。小事を忘れ大事を憂う。そんな人間になって欲しいとあこがれます。

■他の武将兜を見る線
 

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